ふんわり思う

空海の里、香川県で暮らしています。

断捨離教だといっても

隙あらば断捨離をしていた

しかも人の物も見境なく

 

工場をしていた名残で我が家には工具や事務用品の数が多い

 

母娘2人の家に使わなさそうな工具や部材たちが場所を占領していた

ばあちゃんはDIYがホント得意で写真のスロープも意図も簡単に作ってしまった

ですが、もう78才

絶対使わんって、と断捨離教の私に次々に捨てられた

 

1年たった現在、私は反省している

 

使えるものを、あげるのでもなく捨てたことに

しかも、繰り返すが人の物を

 

 

美しくない

 

 

なにより心が美しくない

 

美しく生まれ変わるはずの部材たちを放棄した

せめて誰かに使ってもらったら良かった

このサイクルが美しくない

 

実際は、お金をかけず部屋にカーテンを吊るしたくて、針金やビスを捨ててしまったこ事を後悔したんだけど

 

それもあるけど、このモヤモヤはばあちゃんがいつも言う「置いとったら何かにつかえるやろ」を、私はバカにしてた事

 

そして使えるものを粗末にしてる自分

 

 

断捨離も大切だけど、どう断捨離するか

 

使える物も使いきった物もまとめて捨てた方がそりゃ簡単で楽ちん

でもそれはある意味「欲」

怠けたい欲

 

一つ一つ今手元にある物は、何かの理由があってここにあるわけで、

それを想い、

それを生かすべきところへ自分の体を使って届ける方が良い

 

自分の体を使って

が大事

 

体を動かして、誰かにあげる

それをしないと次に繋がらないし、断捨離の意味も無くなってしまう

 

使えるものを体を動かしてあげたり、リサイクルしたり

それはちゃんと循環していて

良いエネルギーがそこに残る

 

愛は、美は、

良いエネルギーが循環されること